Fantasia未来都市帯広

JR帯広駅ライブカメラ Live Camera in The JR Obihiro Station, Hokkaido in Japan
が、かなり気になる光景である。
提供元は十勝毎日新聞、2017年4月28日だから新しい。
ストリーミングをリセットするたびに日付が更新されるようである。
だから本当の開始日時は不明である。

鉄道模型(レイアウトやジオラマ)を見ているような錯覚を起こすのだ。
なぜか?

模型では限られたスペースに大都会、田園農村、山あい渓谷、海沿い線路とかを詰め込む。
だからビル群がはるか向こうまで続くことはないし、電車の編成の両数は限られるだろうし、駅もこじんまりしているだろう。

一方、ライブカメラの光景である。
道路をまたぐ高架鉄道と高架駅、駅前のビル群、整然と引かれて見通しの良い広い大通りのような要素が都会感を引き立てる。

根室本線の高架線と西二条通?平原通?が絶妙に45度の角度で接するので、両方とも見通しがよい図柄になっている。
90度であったらこうはいかないだろう。
非電化区間なので高架線路上に架線や支柱がなく、すっきりと見通しが良い。
札幌方面に伸びる線路の先を見渡すと4つの番線が一つにまとまり、単線区間であることがわかる。
模型で複線電化というのはあるのだろうか。

帯広駅の構造は高架2本ホーム4番線でかなりの大きさである。
ライブカメラでは角度の関係で、停車中の列車が屋根に隠れる番線があるのが残念だ。

発着する普通列車は1両から3両編成、ネットで調べてわかった帯広発着の高速列車はスーパーおおぞら(札幌-釧路)とスーパーとかち(札幌-帯広)で、5両から7両編成、10両を超す東京大都市圏の長大な電車と比べるとコンパクトである。

都会にしか見られない高架駅に1両や2両の小編成が発着するのがアンバランスである。
だからレイアウトのように見えるのだろう。

子供のトミープラレールのぞみ号鉄橋セットが家にあるが、可愛らしい3両編成である。
凝り性の人が本物通りにするんだと16両編成にした新幹線のプラレール画像を見たが、先頭と後尾がくっつきそうで、とぐろを巻く蛇みたいで可笑しかった。

大通りを走る車は、信号待ちで溜まったり、道を塞いで渋滞するのを見たことがない。
大通りのずっと先には十勝大橋の2本の支柱が見える。

夜景が良い。
昼間の風景を見るとフィルターがかかっているとは見えないが、夜景は青と白の世界になる。
夜は明暗のコントラストが大きく、明部のハレーションが青色になるのだが、カメラまたはアプリの特性でフィルターをかけなくてもこの効果が出るのだろうかと想像する。

赤い光は出発してゆく列車の尾灯や通りを走る自動車のテールライトのみ、緑や黄色の明かりは全く無い。
原色あふれるネオンは、夜の盛り場を思わせるものだが、そういった雑然さが全く見えない。
ここで見渡せる範囲からは隠れているのだろう。
青い光に包まれる風景は、現実離れした空想上の町並みであるかのような幻想的な印象を与えている。

トワイライト、薄明の時間も良い。
特に暁である。
ブラジルからは12時間時差のため、暁の薄明も早起きせずに見られる。
夏至が近いこの頃は、午前3時前に早くも空が明らみ始める。
日が昇って明るいのに、誰もいない街は想像を掻き立てる。
将来人口が少なくなっても清潔に維持された都市は、こんな風景になるだろうか。

アーロン・コープランドの「静かな都会」が響く。
模型に興じた過去も、仮想風景的未来も同時に見渡せる、郷愁を感じる惹きつけられる光景なのだ。

Choro ClubeとChorô Clube

JJazz.Netを聞いていたら、ショローCLUBの曲、First Songがかかった。

ショローCLUB

上の表記が一番多く見られるが、アルバム・ジャケットは
「from 1959 SHORO CLUB ショロークラブ」
である。

メンバーは、
大友良英 el-g
不破大輔 cb, el-b
芳垣安洋 ds, per

ラ・フォル・ジュルネ(LFJ – La Folle Journée)で、クラシック音楽のレパートリーを演奏するのであるが、ジャズバンドであるからものすごく「変奏曲」になってしまう「渋さ知らズ」(1989年結成)を知っているクラシック音楽ファンもいることだろう。
それとメンバーが重なるのだが、ショローCLUBという名前で活動を始めたのは2016年のようである。

メンバーがみんな1959年生まれであり、「初老倶楽部」ということだろうか。
それとも以前から存在する「ショーロクラブ」をひねっているのだろうか。

Choro Club

1989年結成。

メンバーは、
笹子重治 アコースティックギター
秋岡欧 バンドリン、ギター、カヴァキーニョ(小型4弦ギター)、ヴィオラ・カイピーラ(10弦ギター)などブラジル楽器
沢田穰治 コントラバス
(Wikipediaより)

ショーロはブラジル音楽のchoroである。

ショーロクラブをポルトガル語で書くと、Choro Clube
ショロークラブをポルトガル語で書くと多分、Chorô Clube
となるからとても似ている。
ちなみに、Clubeは「クビ(ルに強勢)」と読む。

まるで、
coco(コ)- ヤシの木、ヤシの実
cocô(ココー)- 《幼児語》うんち
(読みは類似音、語訳は現代ポルトガル語辞典 白水社)
のようにアクセントの有無で意味が全く違ってびっくり、である。

When I’m sixty-four SOON

先週
OTTAVA(オッターヴァ)
を聞いていたのだが、ビートルズの音楽はすっかり根付いてクラシック音楽の仲間入りしているようで、”Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band”が発表されてこの6月1日でちょうど50周年という話をしてくれた。
そんなわけで全く久しぶり、何十年ぶりにアルバム全体を聞いた。

曲を聞いて愕然と知る、至極当然で紛れもない事実を実感した。
ああそういえばそんな曲があったな、というような柔いものではない。
あんなに遠いと昔は思っていた”When I’m sixty-four”が、もうすぐ目の前に近づいているでないか。

「年をとって髪の毛がなくなって」
まだ髪はある。

「ワイト島に小屋を借りて」
そんなとこには行けない。

「節約してお金をためて」
節約してるが金はたまらないぞ。

「あなたの膝には孫達」
まだ孫はいないが、できないとは限らない。

「はがきを送ったり、手紙を書いたり」
メッセンジャーではだめかい?

「64歳になったら」
ああもうすぐだ・・・

個人的にかなり愕然と感じても、子供時代とか思春期をビートルズと同時代に生きた人たちは一概に感じることだと思う。
もちろん64歳はとっくにずっと昔のことになったよ、という先輩諸氏は私なんかよりずっと前に同じようなことを感じているはずだ。
そんなことでショックを受けるな、と言う人もいるだろう。

“Lucy In The Sky With Diamonds”で、「黄色と緑色のセロハンの花」というのがたまたまブラジルカラーだと気がついた。
ブラジルに薬物は欠かないが、この曲名とLSDと関係があるとかないとかという話の真実は未だに知らない。

“A Day In The Life”のテイク1を聞いたら、途中で1から20(22?)まで勘定する声が2回入っているが、正式版(リミックス)にもこの声が入っていることを初めて知ったのは、もう一つの小さな発見だった。

しかし、ペッパー軍曹がどんな人でどうして孤独な心クラブバンドを持っているのかを始め、歌詞の大半は64歳が間近になっても謎のままである。

面倒なラ・プラタ人たち

アルゼンチン・ウルグアイ旅行に注意

私を含めてスペイン語話者でない人にはあまり関係ないかもしれないが、興味深い話を聞いたのでここで書こう。

その場にはペルー人とベネズエラ人がいた。

ところで、アルゼンチン人は歌うように話すと聞いたことがあるがそうなのかと尋ねたら、確かにそんな感じだ、あちらの方は発音や抑揚が違うとか、一部の動詞の活用に違いがあるとか口々に説明してくれた。

ベネズエラ人が話してくれた。
ラ・プラタ川を間に挟んだアルゼンチンとウルグアイの間にも話す言葉に微妙な違いがあって、それだけなら別に構わないのだが、困ったことに、話す言葉を聞いてあなたは〇〇人ですかと運悪く間違えて尋ねたとき、両者とも取り違えられると機嫌を悪くするというのである。
つまり、アルゼンチン人もウルグアイ人も面倒な人たちである。

ブラジルの、少なくとも私が歩く範囲で、日系ブラジル人というものが存在することが割合知られている地方では、普通の大人は東洋人顔の人へもブラジル人だと思って話しかけてくることが多い。
つまり通りを歩いていて、突然お前は何国人かと聞かれることはない。

ちなみに、いい加減な奴に道を聞くと、知らないくせに調子よく全然違った場所を教えられたりすることがあるが、道を聞かれることが多いのは、日本人顔だったら億劫がらずに正しい道を教えてくれるだろうという期待が大きいのだ、と勝手に良い方に解釈している。

しかしスペイン語を話す南米のいろんな国で、少々昔の話で今はどうか知らないが、あまり東洋人を見たことがないところでは、中国人(chino チノ)かと聞かれることが多くて、まあそんな連中は変なやつが来たからからかってみようとあまり心地よくない心がけであることが多いのだが、ガキどもが絶え間なく繰り返していちいち答えるのが面倒になると、もう中国人でも朝鮮人でもなんでも構わなくなってくる。
タモリのように滅茶苦茶でも中国語も朝鮮語もそれらしく聞かせる芸があったなら良いのだが、中国語を喋ってみろなどと意地悪することはないので、はいはい中国人ですよと適当にあしらうのが実害はなく楽になってしまう。

でもそうは思わなくて、中国人と呼ばれると気分を悪くしたり、いい加減にしておけなく本気で怒ったりする日本人もいるから、日本人も明快とは言い難いのである。

ブラジル名物腐れ肉と糞まみれ政界

ブラジル大統領、辞任を拒否 汚職関与疑惑否定
[ブラジリア 18日 ロイター]

少し前にブラジルの食肉検査官と食肉会社の癒着から、食用に適さない肉が出荷された事件が、ブラジル産肉製品の輸入国である日本でも問題にされたことがあった。

これに関しては違反はなかったようであるが、名前が出されたJBSは急成長した食肉会社である。
何年か前までは聞いたこともなかったこのアルファベット3字の会社は、これまで大手であったサジアSadiaとかペルジゴンPerdigãoとか、以前はライバルだった食肉製品会社を買収して、全部グループに飲み込んでしまった。
勘違いをしていた。
サジアとペルジゴンが一緒になった後身はブラジル・フーズ(Brasil Foods S.A.)、現在の正式社名BRF S.A.である。
JBSの傘下商標で、家でもよく買っている、一番有名と思われるのはSearaセアラであり、2016年リオデジャネイロ五輪のスポンサーであったから、日本選手も食べたことと思う選手村の食事で出た肉はこの会社のものであった可能性が高い。(2017年5月23日訂正追加)

昨日のニュースでJBSの来歴を簡単に説明していたが、成長がすごい。
2006年にはゴイアス州の一食肉会社だったらしいが、2016年までの10年間に売上を40倍に伸ばし、1700億レアルに達して、27万人の従業員を抱える。
展開はブラジル国内だけでなく、食肉関連で有力な米国、アルゼンチン、オーストラリアに関連会社を持ち、米国だけで65拠点を数える。
買収手法はハゲタカファンドを想起させるのだが、傾きかけた食肉工場を買い叩いて再生させるという。

地方の一食肉会社がどうして短期にこれだけ急成長したのか不思議に思ってた人は多いと思うが、種がばらされれば何のことはない。
ITなどと違い「伝統的な」産業界で、あまりにも唐突に抜け出す場合には何かしらやましい理由があるという例である。

政府系銀行、つまり政権党が選挙に貢献した党員を上層部へ送り込む格好の場所なのであるが、その一つに国立社会経済開発銀行Banco Nacional de Desenvolvimento Econômico e Social、略してBNDESがある。
簡単に言ってしまえば、JBSは政治献金をするから融資しろと政治家に接近して、銀行上層部を動かしてもらい、一私企業に対しては最高額の融資を手にして国内外の企業買収をしたということである。
融資が焦げ付いたという話は聞かないから、まだまだ返済期は遠く、借りまくって残高急上昇中なのだろう。

今回は不正融資を受けてその資金が政治献金だけでなく、大統領が直接関わり汚職事件容疑者の口止めに使われたという容疑でブラジル政界が揺れている。
石油会社、建築業界に続き食肉業界も政界と関わっていたことが明らかにされた。

政治資金錬金術のしくみは基本的には一緒である。
贈り手よし、貰い手よし、納税者だけ泣きっ面、というよくある図式である。
献金するという餌で政治家を釣り上げて談合入札や不正融資で公金を過大に引き出して一部は働いてくれた政治家に、一部は頑張って会社に利益をもたらした自分にご褒美するのだが、この国ではどの政治家が賄賂を受け取って仕事をしてくれるのか見極めるに悩むことはない。
ほとんどどの政治家も金に飢えているから、全部当たりである。

つまり、ブラジルの政界は左も右も中道もうんこである。
どちらを見てもうんこだから肥溜めの中である。

ブラジルの怖さがわかるキーワード

“concertina”コンセルチーナという単語がある。
音楽に詳しい人はわかるかもしれないが、次を見れば誰でもわかるので試してほしい。

https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=concertina
上のリンクをクリックしてページに入ったら「画像」をクリックする
ご覧の通り楽器である。

https://www.google.com.br/?gws_rd=ssl#q=concertina
上のリンクをクリックしてページに入ったら”Imagens”をクリックする
現代ポルトガル語辞典には「手風琴」という訳語のみがあるが、画像を見るとこれ一色である。

楽器の「手風琴」が家庭にあるのはうれしいが、最近のブラジルはもう一つの方が町並みのあちこちの塀に見られるのが全く悲しく極めて醜い風景である。

パソコンやスマホの言語の設定や履歴の影響が出るかもしれないので、必ずしも同じ画像が出るかどうか保証できない。

バッハ作、味付け鸚鵡

OTTAVA(オッターヴァ)
を聞いていたら、
J. S. バッハ「適正律クラヴィーア曲集」、武久源造(フォルテピアノ)
と曲紹介があった。
平均律ではなくて適正律の方がよいというのだ。

通常よく使われるのは、
「平均律クラヴィーア曲集」
であって、Google日本語変換で 「へいきんり」まで打つと出てくる第一候補になっている。
ウィキペディア見出しも同じである。

しかし、この曲名のポルトガル語訳が困ったものなのだ。
この曲の英語名、The Well-Tempered Clavierも踏まえて読んでもらいたい。

O Cravo Bem Temperado (no original alemão: Das wohltemperierte Klavier)
と書いてある。
ちなみにカッコ内は原語ドイツ語である。

O CRAVO BEM TEMPERADO
と紙に書いて家族に見せて何を想像するか聞いてみた。

妻:クローブ(丁字)?
違う。
息子:オウム(鳥)?
もっと違う。
一体お前はオウムを調理して食べるのか?
息子:音が合った?
惜しいが、調律が合っているのはオウムではないぞ。

だいたい、temperadoの原形temperarは日本語の天麩羅の語源となったと言われるもので、bem temperadoといったら、「よく味付けされた」をまず思い浮かべる。

cravoも意味がたくさんある

  • カーネーション
  • クローブ
  • 馬蹄釘
  • にきび
  • (足の)うおのめ
  • (最後にようやく)クラヴサン

が辞書(現代ポルトガル語辞典、白水社)にのっている。

オウムという意味はどの辞書にもないが、よく聞く表現である。
MichaelisのDicionário Brasileiro da Língua Portuguesa(インターネット版)を見ると、「煩わしい人」という意味があるから、喋ったり叫んだりを止めないオウムもこれに入るのだろうか。
あるいは方言かもしれない。

Ave Maria(BWV 846 前奏曲)は聞けば誰もがわかると思うけれど、バッハ大先生には申し訳ないが、ごく普通のブラジル人に”O Cravo Bem Temperado”と言って、一発で曲名だと思いつく人は皆無に近いのではないか。

普通の日本人に「平均律クラヴィーア」と聞いたら、「一体それ何?」と言う答えが多いのだろうか?

音楽と料理を一緒にするなと言うかもしれないが、「平均な」味付けするより―そもそもbemに平均という意味はない―、「適正な」味付けしたほうがずっと美味いだろうから、武久氏の主張する曲名が良いように思う。