国名混同談義

「姪っ子の〇〇ちゃんがドイツへ行くんだって。
旅費・生活費全部出るんだって。」
「えっ?どこだって?」
ドイツ、ドイツだってよ。」

という会話があった次の日だった。

「姪っ子の〇〇ちゃんがアルゼンチンへ行くんだって。」
「ちょっと待った、きのうはドイツだと言っていたぞ。」
「ドイツじゃなくて、アルゼンチンなんだって。」

ドイツとアルゼンチンでは全く違う。
ブラジルからドイツは飛行機でないと行けないが、アルゼンチンへならバスで行けるし、地続きの国境から徒歩で入国できる。
両国とも、フットボールでブラジルの大ライバルであることくらいしか共通点はない。

日本語では、どうしてドイツとアルゼンチンと混同するのか?ぜんぜん違うのに、と思うだろう。
ポルトガル語ではそれぞれ、AlemanhaとArgentinaであって、読みはそれぞれ「アレマーニャ」と「アルジェンチーナ」と頭韻脚韻を踏んでいるし、混同しやすいような気もする。

よく混同する二カ国ペアの代表は、オーストリアとオーストラリアだろう。
しかしこれはポルトガル語ではそれぞれ、ÁustriaとAustráliaで、アクセントの位置が全く違うから混乱することは少ない。

この前のリオ・オリンピックでは、確かフットボールで日本と対戦するナイジェリアの国歌演奏で、ニジェールの国歌がかかったと、リオ・オリンピック運営のユルさが日本で笑いものになったことがあった。

たしかに日本語では、ナイジェリアとニジェール、ぜんぜん違うでないか、と思うかもしれない。
これはポルトガル語ではそれぞれ、NigériaとNíger、「ニジェリア」と「ジェル」と、アクセントの位置は異なるが、綴りは共通していて、そのためにそそっかしく地理に疎いスタッフが国名の頭だけ見て、国歌を取り違えてしまったのでないかと思える。

ちなみに日本語では親父ギャグネタのアルジェリアとナイジェリアは、それぞれ、ArgéliaとNigériaと、アクセント位置は同じだが、子音がlとrの違いがあるから、しっかり覚えなければ筆記することができない。

昔誰か経済人が日本経済新聞の私の履歴書のような記事で書いていたと思うが、南アメリカのパラグアイとウルグアイが似ていて地図の上で混同する、どうして記憶するか?という問題があった。

答えは、「貿易するんだったら海があったほうが有利だろう?ウルグアイには海がある。だって『売る買い』って言うくらいだからな。」とオヤジが喜々として言いそうな文句であった。
まあこれで地理の点数が上がって後に社長になれたのなら、笑って済まそう。
世の中にはパラグアイとウルグアイをしっかり区別できても、社長になれない人が大勢いるからだ。

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2017年のキリスト教移動祝日

2017年のカーニバルはいつかな、と気になる人もいるだろう。
それだけ知りたいならズバリ、米国のカーニバルの本場ニューオーリンズのサイトがあって、向こう10年のMardi Gras(マルディ・グラ)の日付がここでわかる。

カーニバルがキリスト教行事かというと巨大な疑問であるが、少なくとも日付の決め方だけはそうである。
そしてキリスト教行事の中には、毎年、天体の月の動きに応じて日付が移動するものがある。

年の後半にある、だれでも知っているクリスマスは12月25日(ブラジルの祝日)、ブラジルでは死者の日(Finados)と呼ばれる万霊節は11月2日(ブラジルの祝日)―これは日本ではここのところ新顔行事で賛否両論のハロウィン(10/31)-万聖節(11/1)-万霊節(11/2)の一連としたほうがわかりやすいだろう―と、毎年同じ日付に決まっているが、年の前半にある宗教祝日は移動するものが多い。

2017年の移動宗教祝日を下に一覧表にした。
復活祭の日、2017年ならば4月16日日曜日が、すべての移動祝日の基準になっていると言ってよい。
2016年より19日遅い。
2017年の3月分点、つまりUTCの春分の日は3月20日、その次の満月の日は4月11日だ。

ブラジルで国定祝日(feriado nacional – 下表ではFN)、任意休日(ponto facultativo – 下表ではPF)になっている日と、特に休日になっていない日がある。
任意休日というのは、職種組合や職場によって、休日とするか勤労日とするか異なるのだが、大部分の勤め人にとっては、普通の休日と変わらない。

行事 日の決まり方 2017年 休日種類
カーニバルCarnaval 週末から灰の水曜日前日4日間 2月27-28日月火曜日 PF
灰の水曜日Quarta-feira de Cinzas 復活祭46日前の水曜日 3月1日水曜日 14時までPF
四旬節Quaresma 灰の水曜日から復活祭前日
枝の主日Domingo de Ramos 復活祭7日前の日曜日 4月9日日曜日
聖週間Semana Santa 枝の主日から復活祭前日
キリスト受難日Paixão de Cristo 復活祭の2日前の金曜日 4月14日金曜日 FN
復活祭Páscoa 北半球春分の次の満月の次の日曜日 4月16日日曜日
ペンテコステPentecostes 復活祭の49日後の日曜日 6月4日日曜日
キリスト聖体の日Corpus Christi 復活祭の60日後の木曜日 6月15日木曜日 PF

ロナウジーニョの夢と現実

最近見たロナウジーニョ関係の見出しである。

ロナウジーニョがドタキャン?体調不良で来日中止

日刊スポーツ 12/7(水) 20:39配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161207-01748788-nksports-socc

ロナウジーニョ、飛行機事故シャペコエンセでのプレー申し出

スポーツ報知 12/2(金) 20:15配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161202-00000199-sph-socc

でもここのところ、数か月前からテレビでよく見るのは次のビデオクリップなのだが、ここから抜け出すのは大変なんだろうね。
セメントを買って30万レアル当てよう、というキャンペーンである。

Ronaldinho Gaúcho na promoção Vida de Bacana – Cimento Montes Claros


“To ralando!”(苦労してるぜ!)と言ってもあんまり苦でなさそう、と言うかこれは寝そべっているロナウジーニョが見た夢なのか?

想定?想定外?怖い空中ガス欠

2016年11月28日未明、ブラジル南部のサンタ・カタリーナ州西部の畜産の街シャペコ(Chapecó – SC)のフットボールチーム、アソシアソン・シャペコエンセ・デ・フッテボル(Associação Chapecoense de Futebol)を、コロンビアのメデリン(Medellín)へ運んでいたボリビアのチャーター機が目的地近郊で墜落した。

シャペコエンセは、現在ブラジルフットボール選手権一部リーグで9位につけていて、コロンビア行きは、南アメリカのカップ戦、南米カップ(Copa Sul-Americana)決勝アウェイ戦のための遠征だった。
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墜落の原因が燃料切れというので、そんな馬鹿げたというかマヌケな理由でこんな沢山の命が奪われるのは、いくら物事がいい加減となりがちな南米でもあんまりではないか、そんなはずはないと、それが真実であってほしくない願いをかけていたのだが、その願いを裏切るような事実が出てきているのだ。

サンパウロからポリビアのサンタ・クルス・デ・ラ・シエラ(Santa Cruz de la Sierra)へ商用便で着いた一行はそこからチャーター便でメデリンに向かったのであった。
機材はAvro RJ85、英国製である。

この型式の航続距離は3,000km、航続時間は4時間半である。
しかるに、サンタ・クルス・デ・ラ・シエラとメデリン間の距離は2,985km、飛行所要時間は4時間15分とニュースで言っていた。
余裕は15キロメートルと15分しかないではないか!

途中の飛行が順調で、すんなり目的地で着陸できれば問題なかったのであろうが、天候が悪くて別の空港へ行かねばならなくなったらどうするのだろうか。
そしてこの日は、ありそうもない不運が重なったのだ。

カリブ海方面からメデリンへ向けて来た別会社別航路の飛行機が、燃料漏れを訴えてメデリンの管制に優先着陸を申請した。
シャペコエンセ機は燃料問題を訴えて、同様に優先着陸を頼んだのだが、先客があったのでメデリン手前で2回旋回した。
ニュースで説明した航空の専門家は、一周5分位かかると言っていたので、10分分の燃料がここで消費されてしまったわけだ。

メデリン管制は、先に不調を訴えたカリブの飛行機を着陸させてから、不慮の事故に備えて滑走路に控えていた消防車などを片付けてから、シャペコエンセ機の着陸許可を与えるところだったが、もうその時には燃料は尽きていて、レーダーの視界からも失われていて、山というか低い丘に接触してから転覆する形で斜面と衝突に至った。

第一報では電気系統に問題が起きて不時着をする可能性があったので、火災を避けるために燃料を捨てたと言っていたのだが、事実はそうではなかった。

シャペコエンセの選手がサンパウロ出発前後に機内(これは別の商用便)で撮ったビデオでは、既にこの経路を旅して経路を知っている選手が、コビハに寄港するだろうと喋っている。
ボリビアとブラジルの国境コビハ(Cibija)で給油していたらこの事故は起きなかったはずである。
なぜ以前の旅では行った給油を今回は行わなかったのか。

報道では機体のやりくりで、サンタ・クルス・デ・ラ・シエラ発に遅れが出ていた。
零細チャーター機会社であるLaMia(きっとスペイン語で「わたしのもの」という意味だろう)航空は、所有機が今回墜落した一機のみだったので、やりくりができない。

コビハでは空港の照明の関係で夜は満タンにできない?という話もニュースで聞いた。。
シャペコエンセ・チームはなるべく早くメデリンに着きたい。
そのためコビハ給油は見送られたのか。

そもそも機長はフライトに最大権限を持つはずと思うのだが、どうしてこんな給油なしのタイトロープなフライト・プランを立てたのだろうか?

サンタ・クルス・デ・ラ・シエラ方面からみるとメデリンの手前に当たる首都ボゴタに寄港給油する手もあったのだがなぜそれをしなかったのか?
まさか燃料メーターが壊れていたなんてことはないだろう。

燃料が持ちそうもないなら、なぜ燃料漏れの飛行機を押しのけて緊急着陸を強行しなかったのか?高速ガス欠のように罰金があるのだろうか?それにしても命よりは安いのだが。

原因の見当はついた。
今は誰も言い出さないが、LaMia航空、保険もヤバそうである。
保険金額が通常よりだいぶ低いらしい。
Tokyo Marineが、一社だけか他社もあるか不明だが、再保険を引き受けているという。

しばらく気になることばかりである。

なくなった方々の冥福を祈り、生き延びた方々の回復を願う。