連邦警察の体力検査は結構きつい

ブラジルでPolícia FederalあるいはDepartamento de Polícia Federal、略してPFあるいはDPFと言えば、泣く子も黙る?連邦警察(http://www.dpf.gov.br/)である。
軍警察(Polícia Militar)が公安、警備、交通などを担当、民事警察(Polícia Civil)が事件の捜査を担当するのだが、これらは州ごとに独立して存在する。
連邦警察が活躍するのは、政治・公安犯罪、国家・その各組織・公営企業の財産・サービス・利益を損なう犯罪、州境や国境を越えるような広域犯罪などの場面だ。
麻薬取引・密輸・汚職・組織経済犯罪などが対象である。

よくアメリカ(合衆国)刑事ものをみていると、事件が起きた時、普通の地方警察の泥臭い刑事が懸命に捜査をしているところに、横からしゃしゃり出てきて「これはFBIの担当になった」とか言って、美味しいところを持って行こうとする憎まれ役という印象がある。
本当はどうかはわからない。
ブラジルの連邦警察はそれと同じような位置づけになるのだろうか。

先週土曜日に見た記事だ。
PF quer agentes mais “sarados” SÁBADO, 25 DE FEVEREIRO DE 2012 Autor: Leonardo Santos
「PFはもっとムキムキのエージェントを求む」
何だこれは一体。

連邦警察は近く500名のエージェント(agente)と100名の鑑識要員(papiloscopista)を募集するという。
この募集では体力検査が以前より厳しくなると言われる。

最後に行われた採用試験では、合格するためには、2,400メートルを12分以内で走り、50メートルを41秒以内で泳ぐことが課された。
次回はこの基準がもっと厳しくなるという。

普通のおっさんでは合格しないのではないか。
普通の人では、PFのエージェントに追いかけられたら、まず捕まってしまうのではないか。

実証してみようと、ほぼ毎日、約7キロメートルをウォーキングとスロー・ジョギングで軽運動している私が、公園内のジョギングコースでこの基準に挑戦してみた。
普段は、息がほぼ平常なペース、だいたい1キロメートル7分以上には上げないのだが、今回は連邦警察の試験を受けるつもり!で強度を上げて走ってみた。
1キロメートルを5分で走らなければならない。
2400メートル12分1秒だった。

感想は、無理ではないけれどなかなか大変といったところだ。
水泳50メートルは遠慮させてもらう。
走って逃げても泳いで逃げても、連邦警察のエージェントにはすぐに捕まりそうだ。

このエージェント募集は、2014年のワールドカップ・ブラジル大会と2016年のオリンピック・リオデジャネイロ大会に備えて、国境警備を強化するために行われる。

2012年後半にはさらに600名募集、内訳は(捜査)署長(delegado)、事務員(escrivão)、鑑識官(perito)で、この職に課される体力検査はエージェントのものほどきついものでないと予想されている。

実際のところは、連邦警察職員を外で見かけることはほとんどない。
変装しているのかもしれないが、州警察と比べて人員はずっと少ない。
ときどき〇〇作戦(operação xxxx)とかで、組織犯罪者をいくつもの州でいっぺんに数十人も逮捕したりする。
そんな場面ではやることが派手だ。

普通の人がよく見るのはパスポート取得時と国際空港で、入国管理業務は連邦警察の職務になっている。

パスポートに押された、非常に味気ないブラジルの出入国スタンプには、DPMAF-DPF-BRASILと書かれている。
DPMAF – Divisão de Polícia Marítima, Aeroportuária e de Fronteiras(海空国境警察部)
DPF – Departamento de Policia Federal(連邦警察)

外国人も連邦警察にはお世話になる。
外国人登録は連邦警察の移民警察総合調整部が行うからだ。
外国人身分証明証(Cédula de Identidade de Estrangeiro)の発行機関(órgão emissor)欄には、
CGPI/DIREX/DPFと書かれている。

CGPI – Coordenação-Geral de Polícia de Imigração (移民警察総合調整部)
DIREX – Diretoria-Executiva(行政管理部)
DPF – Departamento de Policia Federal(連邦警察)

以前外国人登録の更新をした時の、連邦警察の事務員(上のescrivãoに当たる官職だと思う)の愛想のなさは驚きものだった。

申請書を記入して、指紋押印などを行うので、いろいろ話をしたり指示を受けたりしなければならない。
しゃべり方はぼそぼそして、ブラジルに着いたばかりで、ポルトガル語に慣れてない外国人には聞き取れないのでないかと心配になった。
指示はひどくぞんざいで、連邦警察の人間はみんなこうなのかと、あっけに取られていた。
それとも不法滞在や偽名登録などを防止するために、こわもてになるのかとも思った。

たまたま当日は私の誕生日だった。
全ての手続きが終わってから、ぶっきらぼうな連邦警察の事務員が最後に言った。
「誕生日おめでとう」

最初からずっと渋い顔をしてこらえてから(別にこらえているわけではないのだろうが)、最後の瞬間のこの一言はなかなか響く。
やはり書類に書きこまれた事項に目を通しているのだ。
泣く子も黙る連邦警察で、ほっとしたのが忘れられない。

きょう終わるブラジルの夏時間

1985年以来最長の期間実施された2011/2012年ブラジル夏時間(horário de verão サマータイム)は、今晩2012年2月25日に終了する。
ブラジル南部3州(リオ・グランデ・ド・スル、サンタ・カタリーナ、パラナ)、南東部4州(サン・パウロ、リオ・デ・ジャネイロ、ミナス・ジェライス、エスピリト・サント)、中西部3州(マット・グロッソ・ド・スル、マット・グロッソ、ゴイアス)、バイア州及び連邦区で実施された。
これらの州では、日曜日午前0時になったら、時計の針を1時間戻して土曜日の23時を指すように調整をする。

最近のパソコン(ウィンドウズ)は、時間帯設定が正しければ、夏時間調整は自動でやってくれる。
今Windowsパソコンのタイムゾーンの設定画面を見た。
GMT-03:00にあるブラジルの都市は、フォルタレザ、サルバドル、ブラジリアの3つだ。
今年の場合、バイア州は夏時間を採用したので、サルバドルかブラジリアを選択した場合には、ただいまGMT-02:00であるパソコンの時計は、今夜0時に自動的に調整されてGMT-03:00に戻るはずである。
ブラジル北部のセアラ州の州都フォルタレザは、夏時間を採用しない場所なので、GMT-03:00に既になっていて、時間調整は行われないはずだ。
夏時間が終了すると、日本GMT+09:00とブラジリアGMT-03:00の差がちょうど12時間となるので、今日本は何時か、今ブラジルは何時かすぐにわかるようになる。

2011年10月15日に開始した夏時間は、先週のカーニバルのため通常終了日、2月第3土曜日から一週間延長されたので、133日間(19週間)続いた。
カーニバル延長特例は、真夜中カーニバルで浮かれ騒いでいる連中は、誰も時計の針を一時間戻すことなど思い出さないから導入されたのであろう。

全国電力システムの試算では、夏時間実施によって、デマンドが-4.6%に当たる2,650メガワット減少し、全国で7500万から1億レアル程度の節電ができたという。

ブラジルの歴史で、夏時間が初めて実施されたのは1931/32年の夏、ジェトゥリオ・ヴァルガス(Getúlio Vargas)大統領のときだった。
1931年10月3日に開始、1932年3月31日と、ほぼ半年の長期間であった。
その翌年もほぼ同期間の夏時間が実施された。

その後は夏時間の採用は断続的になった。
1949年から1953年、1963年から1968年、飛んで1985年から現在に続く。
実施年の間隔を見ると、軍政大統領の好き嫌いで夏時間採用が決まったような感じである。

[3/3/2012 補足訂正]ブラジルの軍政は1964年から1985年まで続く。だから上の表現は正しくない。
1964年3月31日に軍部クーデターがあったので、クーデターのすぐ前の夏もすぐ後の夏も夏時間は実施されたわけである。
軍政では、初代Humberto de Alencar Castelo Branco(1964-67)大統領時代は夏時間を実施したが、2代Artur da Costa e Silvaから、3代Emílio Garrastazu Médici、4代Ernesto Geisel、5(最終)代João Figueiredoまで、夏時間は嫌いだったようである。
1985年1月15日に間接選挙で民政大統領Tancredo Nevesが選出されて(就任前に死亡)、軍政は民政に道を譲る。
同年に夏時間は復活して、現在まで毎年実施されるに至る。

各年のブラジル夏時間の継続期間はかなりばらついているが、過去20年の平均は約120日である。
2008年9月8日の大統領令以来、夏時間の継続期間は126日(通常年)か、133日(カーニバルが2月第3日曜日にかかるとき)のどちらかになる。

(”Horário de verão termina nesta noite” iG São Paulo | 25/02/2012 07:00
http://ultimosegundo.ig.com.br/brasil/horario-de-verao-termina-nesta-noite/n1597651345375.htmlを参考にした)

新七不思議はステマか

イグアスの滝(po. Cataratas do Iguaçu, es. Cataratas del Iguazú)は、イグアス川がパラナ川と合流するブラジル・アルゼンチン・パラグアイ三国接点から、イグアス川を上流にさかのぼった地点にあり、滝の右岸はブラジル・パラナ州(Estado do Paraná)、左岸はアルゼンチン・ミシオネス県(Provincia de Misiones)となっている。
幅2,700メートルに275の滝が並び、そのうちの最大のものが幅80メートルの「悪魔の喉笛」(po. Garganta do Diabo, es. Garganta del Diablo)で、座標は25°41’41.39″S 54°26’16.26″Wである。

New 7 Wonders財団が主催する、自然新七不思議(po. Novas Sete Maravilhas da Natureza, en. New 7 Wonders of Nature)に選出され、一昨日2012年2月22日に正式な認定式が、アルゼンチンの在ブエノスアイレス・ブラジル大使館で行われた。
式場がなんとも奇妙だが、二国間に位置するからこうなったのだろう。

スイス生まれカナダ人のBernard Weber財団会長は、「自然不思議としての私達のイグアスへのビジョンは、環境への影響を極小に抑えた観光を滝にもたらすことだ。」と述べた。

自然新七不思議とはどこか?

名称 所在国
Amazon Bolivia, Brazil, Colombia, Ecuador,
French Guiana, Guyana, Peru,
Suriname, Venezuela
Halong Bay Viet Nam
Iguazu Falls Argentina, Brazil
Jeju Island Korea (south)
Komodo Indonésia
Puerto Princesa Subterranean River Philippines
Table Mountain South Africa

220ヶ国の440にのぼる候補地から選出されたという。

さて、このNew 7 Wonders(http://world.n7w.com/)であるが、選出はインターネットによる投票によるものだという。

前回この団体が選出した世界新七不思議(New 7 Wonders of the World)では、

名称 所在地 所在国 建設年
pyramid at Chichén Itzá Yucatan Peninsula Mexico before 800 A.D.
Cristo Redeemer Rio de Janeiro Brazil 1931
Colosseum Roma Italy 70-82 A.D.
Taj Mahal Agra India 1630
Great Wall of China China 220 B.C, 1368-1644 A.D.
Petra Jordan 9 B.C. – 40 A.D.
Machu Picchu Peru 1460-1470

見てわかる通り、キリスト像だけやけに新しい。
非常に場違いな感じだ。
国宝の中に越前大仏が入っているといったら言いすぎか。
ブラジルのニュースでは言わなかったが、「みんなの力でキリスト像を当選させよう」運動があったことはよく知られている。

今回の自然新七不思議の顔ぶれはどうだろうか。
アジアが4ヶ所、南アメリカが2ヶ所、アフリカが1ヶ所と、アジアの割合が高い。
アマゾンもイグアスも、既に世界中から観光客が訪れる、ブラジルだけでなく南アメリカの堂々たる観光地になっている。
テーブル山などは星座にまでなっている。

アジアの4ヶ所はどうなのだろうか。
コモドと済州島は名前だけは知っている。
済州島ってそんなに自然が売り物だったろうか。

韓国のやることである。
ブラジルのキリスト像と同じく、多重投票や組織票が入っているのであろう。
国策として動員しているのかもしれない。
これまでほとんど知られていなかった地名がにわかに有名になって、聞く人が一度行ってみたいという気になる、七不思議に権威があろうとなかろうと、ランクインする価値は大きい。

新世界七不思議の正式発表は2007年7月7日であった。
今回の自然新七不思議は2011年11月11日と、発表日をゾロ目に持ってくるのが好きなようだ。

そしてこの団体は第3弾を用意している。
その名を New 7 Wonders Cities という。
ここでは、リオデジャネイロやソウルが張り合うのであろうか。

(iG São Paulo | 23/02/2012 15:49 http://ultimosegundo.ig.com.br/brasil/pr/cataratas-do-iguacu-recebem-certificado-de-nova-maravilha-da-nat/n1597649650122.html及びhttp://world.n7w.com/を参考にした)

サンパウロのカーニバル採点発表会で乱入狼藉騒ぎ

カーニバルのリオデジャネイロやサンパウロのサンバパレード(desfile de samba)は、エスコーラ・デ・サンバ(escola de samba – サンバ学校と言うよりサンバ会派といったら良いか?)がパフォーマンスを競う形式で行われる。
体操競技やフィギュアスケートのような採点競技に近いわけだ。

サンパウロのカーニバル特別グループ(Grupo Especial – つまりAグループ)の採点発表会(apuração das notas)が、カーニバル最終日である2012年2月21日火曜日午後に、サンパウロ・アニェンビ(Anhembi)のサンボドロモ(Sambódromo – サンバ会場)で行われた。

採点発表が進んで、そろそろチャンピオン(campeã)が決まるころ、客席で騒ぎが起き、乱入した狼藉者が、まだ発表以前の採点用紙をつかみ取り、破り捨ててしまった。
採点発表会は中止され、チャンピオンの発表は延期された。

山車置き場では放火のためか、煙が上がった。
幸い消防団がただちに鎮火したが、山車一台が焼けた。

特別グループ所属各エスコーラの会長12名が協議・投票して、賛成7票反対5票と、かなりきわどい結果で、場内乱入直前の時点で最高点を取っていたモシダーデ・アレグレ(Mocidade Alegre)を2012年のチャンピオンとすることを決定した。
結果発表は午後11時にずれ込み、最高に盛り上がるはずの祝勝会は、ケチがついてすっきりしない決定方法になってしまったこともあり、いたって湿った雰囲気になってしまった。

2012年2月22日の報道によると、民事警察の捜査官は、この場内乱入は、張本人であるチアゴ・ファリアス(Tiago Ciro Tadeu Faria)一人の犯罪でなく、複数のエスコーラによって仕組まれたものでないかと疑って捜査している。

チアゴは、エスコーラの役員用の身分証明腕輪をつけて、インペリオ・デ・カザ・ヴェルデ(Império de Casa Verde)のシャツを着ていたのだが、インペリオ・デ・カザ・ヴェルデの会長は、チアゴは役員でも何でもなく、彼がどうして役員用の身分証明を手に入れたのか不明だ、とインタビューで答えていた。
ビデオには、昨日の採点発表会直前、複数のエスコーラ、トム・マヨール(Tom Maior), カミザ・ヴェルデ・イ・ブランコ(Camisa Verde e Branco), ヴァイ・ヴァイ(Vai-Vai), ペロラ・ネグラ(Pérola Negra), ガヴィオンイス・ダ・フィエル(Gaviões da Fiel)の役員たちが何か討論していて、インペリオ・デ・カザ・ヴェルデのシャツを着たチアゴがすぐそばにいたのが写っている。

乱入が一人だけでできるはずもなく、上に書いたエスコーラの役員や応援団が乱闘に加わっている。
ペロラ・ネグラとカミザ・ヴェルデ・イ・ブランコは二部へ転落する結果となった。

ジルベルト・カサビ(Gilberto Kassab)サンパウロ市長は、もしエスコーラの役員が騒動に関連しているようならそのような団体への市の予算を削る、これまでエスコーラのリーグに任せていた警備を、これからは市政府も責任をもって行いたい、と発言した。

入場者の限定された採点発表会のステージで起こった暴力ではあるが、危ない火器などは使われず、対人暴力もなかったのでけが人は出なかったのが幸いだった。
やはりブラジルにはエスコーラに命をかける乱暴者がいるのだと、私に変な感心を起こさせる事件であった。

灰の水曜日の2月22日に行われた採点発表会で、リオデジャネイロのチャンピオンはウニードス・ダ・チジューカ(Unidos da Tijuca)に決定した。

モシダーデ・アレグレのテーマ(enredo)は、今年生誕100年のバイア(Bahia)出身の作家ジョルジ・アマード(Jorge Amado)をオマージュしたものであった。
ウニードス・ダ・チジューカは、やはり今年生誕100年のペルナンブコ(Pernambuco)出身のポピュラー音楽家ルイス・ゴンザーガ(Luiz Gonzaga)を題材にした。

今週末にはサンパウロとリオで上位入賞エスコーラのサンバパレードが披露される。
四旬節に入ってもまだ少しカーニバルの余韻は続く。

2012年4月24日追加

22のエスコーラ・ジ・サンバ(escola de samba)全てが、採点発表会の安全確保不足のため罰金を課された。
grupo de acesso(2部)のエスコーラは1,900レアル、直接混乱に関わらなかったgrupo especial(1部)の7つのエスコーラは3,387レアル、混乱に直接加担した1部の7つのエスコーラは6,774レアル、という罰金額だった。

エスコーラImpério da Casa Verdeは、その関係者が一連の騒ぎの原因となり、採点用紙を破った主犯であったことから、2013年のサンパウロ市からの補助金をカットされる。
この金額は大きく、エスコーラは約70万レアルを受け取ることができなくなった。
インペリオ・ダ・カザ・ヴェルデにとっては大きな痛手となる。
いったい一つのエスコーラがカーニバルにいくら金を使うのかはわからないが、参加を辞退するようなこともあり得るのではないか。

(Globo Jornal Hoje
Edição do dia 12/04/2012 12/04/2012 14h41 – Atualizado em 12/04/2012 15h03
http://g1.globo.com/jornal-hoje/noticia/2012/04/escolas-de-samba-sao-multadas-por-tumulto-na-apuracao-em-sao-paulo.htmlを参考)

ブラジル人注目の裁判は女性の戦い

2008年10月に起きた事件は全ブラジルの耳目を集めた。
エロア・クリスチーナ・ピメンテル(Eloá Cristina Pimentel)さんが、元恋人リンデンベルグ・アルベス(Lindemberg Alves)に5日間監禁された末、射殺された。
この裁判が大サンパウロ都市圏のサント・アンドレ(Santo André)裁判所で現在進行中だ。

当時事件の現場から全国にテレビ中継されたから、リンデンベルグが犯人であることは誰でも知っている。
裁判で争われるのは刑の重さだ。
法律のことはよくわからないが、計画的殺人と熱情による衝動的殺人では、刑の軽重の差が大きいそうだ。
当然検察は計画的殺人であると主張し、弁護側は止むに止まれずの熱情による事故だと主張する。

リンデンベルグは3年間沈黙を守り、法廷で初めて自分の意見を発するというので注目されている。
判決は7人の陪審と一人の判事によって行われる。

判事 juíza = Milena Dias
検察 promotora = Daniela Hashimoto
被告弁護士 advogada de defesa = Ana Lúcia Assad

juíza, promotora, advogadaと全部女性形であることに注意、ラテン系の名前に慣れている人なら、名前を見たらわかるだろう。
ミレーナ、ダニエラ、アナ・ルシアと、判事・検察・弁護士とも全員女性である。
検察のダニエラ・ハシモト氏は日系の女性だ。

確か連邦最高裁判所(Supremo Tribunal Federal)大法廷の判事(行政の大臣と同じくministroと呼ばれる-つまり同格ということだろう)に女性が2人いたはずだ、と調べてみたら、11人中の2人だった。
Cármen Lúcia Antunes Rocha氏とRosa Maria Weber Candiota da Rosa氏の2名である。

なお、日本の最高裁判所判事も、現在の15名中2名が女性である。

ブラジルでは警察官もストライキをする

昨日はバイアーノ(baiano バイア州人)の大好きな日曜日が戻ってきた。
夏の太陽の輝く、人のあふれる海岸、何よりも警察官のストライキが終結した。

「陽の光にあたりに来たの。一週間家にこもりきりだったから。」
「朝から体を動かそうと出てきたんだ。安心して歩ける。やっぱりサルバドールはこうでないとね。」
警備が通常に戻った海岸にやって来た市民は語る。

市内の公園ではフォホー(forró)やアシェー(axé)など(ブラジル東北のポピュラー音楽)のショーも再開して、人々は安心して踊っている。

(Globo Jornal Bom Dia Brasil 13/2/2012 から)

12日続いたバイア州の警察官・消防官のストライキが終結した。
2012年2月11日、バイア州警察官消防官組合Associação de Policiais e Bombeiros do Estado da Bahia (Aspra)の総会は、スト中止を決定した。

ストライキ中は治安が悪化した。
2012年1月31日から2月11日までに州都サルバドール大都市圏で166人の殺人が起きた。
2011年の2月1ヶ月間の殺人数は172人だった。

バイア州の軍警察官は、他の公務員と同じ6.5%の給料調整の保証、平和的スト参加者の行政処分からの放免、レベル4と5に対するGAP(Gratificação por Atividade Policial 警察業務手当?)と呼ばれるボーナス(支払は今年11月から2015年までの将来)を得た。
労組側の要求事項の一つ、破壊活動を扇動したストライキリーダー12人の釈放については、Jaques Wagner州知事は拒否した。

ストライキが始まった1月31日から、スト参加員と家族たちは州議会前で抗議運動を続けた。
緊張が増したのは2月6日、陸軍(Exército)の兵士、国家保安隊(Força Nacional)、連邦警察(Polícia Federal)、軍警察の機動隊(Tropa de Choque)、特殊部隊などが州議会とスト隊をとり囲み、バイア州裁判所によるストライキリーダー逮捕状執行を行った時だった。
小競り合いがあったが、重傷のけが人は出なかった。

ストが勢いを失ったのは8日の水曜日、Aspraの組合長Marco Prisco氏が、演説で破壊活動を扇動しているビデオがメディアに流れてからだ。
次の朝、スト参加員と家族は州議会を後にし、Marco Prisco氏は逮捕された。
リーダーを失ったAspraは、誰もが逮捕を恐れてリーダーの後任を決められなかった。

翌日警察官は仕事に戻った。
総司令官Alfredo Castro大佐によると85%の人員が持ち場についている。
反抗してストライキを続ける参加員は、この時から欠勤扱いになり行政処分の対象になるという。

ストライキの社会への影響は多面に渡った。

2月3日報
バイア州で略奪行為、サルバドール市は連邦へ協力要請、国家保安隊が到着。

2月6日報
サルバドールの市立及び私立学校は新学期開始をストライキ終了後とした。州立学校は新学期は開始したが、学校に来ない生徒が多数いた。
バイア州の州・連邦・労働裁判所、検察及び公共保護機関(Defensoria Pública)は休業か、早く終業した。
商店が休業か早じまいした。
興行が中止になった。
サンパウロやリオデジャネイロからの旅行者が10%減少した。
16日から21日に予定されているカーニバルの延期の噂が流れた。
アメリカ合衆国は国民に、商店略奪、道路封鎖、集団強盗のおそれがあるので、バイア州への旅行は延期するよう薦めた。

2月8日報
警察のストライキは商店に影響、バイアーノは行動様式を変える。
商店は独自の連絡網を作り、ある商店が襲われると即座に電話で他の商店に連絡、あっという間に地区のすべての商店のシャッターが閉まる。
スーパーなど朝は混み合うが、午後は閑散としている。午後になると強盗事件が増えるので、市民は用事を早い時間に済ませるようになった。
バーは閑古鳥が鳴いている。
人々は外出を控え、ショーなど興行は、安全性が確保できないからとキャンセルが連発。
レストランなどガラガラ、一方で商品の配達件数は急増する。

市民全体が心配していた警察ストライキが終了して、バイアは今週末からのカーニバルへまっしぐらに突き進む。
2月13日の情報によると、警察消防のストは正式に終結したが、陸軍と国家保安隊はカーニバル終了までサルバドールに駐留することになった。

(Cintia Kelly, especial para o iG, em Salvado | 11/02/2012 21:42 – Atualizada às 21:45
http://ultimosegundo.ig.com.br/brasil/ba/assembleia-decreta-o-fim-da-greve-da-policia-militar-na-bahia/n1597622860931.html
その他http://ultimosegundo.ig.com.brの多数記事を参考にした)

リオで爆発するマンホール

先日突然ビルが崩壊したリオデジャネイロであるが、危ない場所はまだまだつきない。
歓喜爆発のカーニバルなら結構なのだが、マンホールに爆発されては困る。

リオデジャネイロ港の運輸会社Triunfo Logísticaの労働者一人が、マンホール(bueiro)の爆発の直撃を受けて死亡した。
場所はリオデジャネイロ港第30倉庫、2012年1月30日月曜日10時30分ころのことだった。

情報元のリオデジャネイロドック会社(Companhia Docas do Rio de Janeiro)によると、さらに2人の労働者が負傷して、市立病院(Hospital Municipal Souza Aguiar)で手当を受けた。

マンホールは雨水受けタンクとして使われていた。
死亡した労働者は、爆発箇所付近で鉄板を切断する作業中だった。

どうして雨水を貯水するマンホールが爆発するのか、原因は明らかになっていない。

2011年にはマンホール爆発が2件起こった。
一つはリオデジャネイロのセントロ(中心街)、もう一つは市の南部であった。

現在までで一番重大な事故は2010年6月に起きたもので、市内散策中のアメリカ(合衆国)人夫妻が電力会社のマンホール爆発によって重傷(火傷)を負った事件だ。
場所は有名なコパカバーナ(Copacabana)区のペルー共和国通りとコパカバーナ聖母大通りの交差点(22°58’2.97″S – 43°10’55.18″W)であった。

この爆発の場合、何らかの原因でマンホール空間に充満した可燃性ガスに電気火花から引火したものと想像できる。

(http://ultimosegundo.ig.com.br/brasil/rj/uma-pessoa-morre-e-duas-ficam-feridas-em-explosao-de-bueiro/n1597605998784.html及び
http://ultimosegundo.ig.com.br/brasil/rj/explosao-em-bueiro-queima-turistas-no-rio/n1237686896478.htmlから)

リオデジャネイロの街を歩くときは、古いビルだけでなくマンホールのふたにも十分気をつけなければならない。

iG Rio de Janeiro | 12/07/2011 21:41 に爆発マンホールマップがあった。
これまで(多分2011年7月12日まで)どこで爆発したかが一目でわかる。
2,3件どころでない、爆発件数が多いのに驚く。
残念ながらマンホール爆発は予報不可であるが、どの地区が爆発しやすいかくらいの目安になろう。