アマゾンの透明な天空の河

Amazon’s ‘invisible flying rivers’
http://www.bbc.com/future/story/20130326-amazons-invisible-flying-rivers
アマゾンの「見えない飛ぶ河」・「透明な天空の河」
Flying Dutchman(さまよえるオランダ人)か、天空の城ラピュタか、空に浮かぶものにはロマンを感じる。

天空の城ラピュタは、英語では’Castle in the Sky’、ポルトガル語では’O Castelo no Céu’と、Laputaが抜けている。
うがった見方かも知れないが、puta プータはポルトガル語やスペイン語では売春婦のことなので、タイトルには避けたのかもしれない。
la putaといったらスペイン語では、売春婦(単数)に定冠詞をつけた形だ。

ともかく、天空の河である。
アマゾン河が世界の淡水のかなりの部分をかかえていることは、皆よく知っている。
しかし、樹冠の上方に飛ぶ河があって、下のアマゾン河と同様に力強く、重要であることはほとんど知られていない。

アマゾン流域の広大な森林が吸収する水分量は膨大で、一日に200億トンの水蒸気が空中の河へ放出されるといわれる。
この巨大な水蒸気の流れは、雨の源である雲となり、アマゾンの熱帯林だけでなくラテン・アメリカ全体に雨となって還流する。

ブラジルの天気予報を見ると、私たちにとってこの天空の河は、おなじみの天候現象であることがわかる。
この現象は、天気予報では、別のいかめしくそっけない名前で知られている。
‘zona de convergência do Atlântico Sul’、英語では’South Atlantic convergence zone’、つまり、「南大西洋収束帯」と呼ばれるものだ。
ごく簡単に説明すると、南アメリカの地図をみて、Manaus マナウスから南東へ向かって、Rio de Janeiro リオデジャネイロへ引いた線に沿う、湿った空気の流れが南大西洋収束帯で、アマゾン流域の水分をブラジル南東部へ運ぶ、地球スケールの巨大な、大気中の目に見えない水循環メカニズムである。
その流れが目に見えないといっても、衛星写真では、南大西洋収束帯は雲の帯となって現れ、その下は雨が降っていることが多い。

もちろん日本の梅雨前線のように周りの大気条件によって南北へ揺れたり、強くなったり弱くなったりするので、ひとところに何ヶ月も停滞するわけではない。
日本の河川は短く流域面積も小さいので、河から雨のもとになる水分が供給されることなどあまり想像できないが、ブラジル南東部では、少なくともこの南大西洋収束帯の現象では、大西洋でなく、アマゾン流域から雨雲のもとがやってくるのである。
スケールの大きな話だ。

この影響下に入ると、雷を伴う大雨にみまわれることがある。
近年のブラジル国内のニュースでの、サンパウロ州やリオデジャネイロ州の大雨による洪水やがけ崩れは、発達した南大西洋収束帯の影響によってもたらされたものが多い。
日本では、台風はあまりに強すぎると災害を起こすものだが、全くなかったら日照りで農業や生活・工業用水に不便をきたすので、やはり困る。

ブラジルの飛ぶ河も、その影響で災害も出ているくらい強い雨を降らせていると思いがちだが、ブラジルの電力の源であるダムの水量は、一番貯水量が大きいはずの雨季の終わりにもにかかわらず、各地方で50%に満たない状態で、現在から火力発電が稼働している。
人間の立場からみると、降ってほしい場所に雨は降ってくれないのはもどかしいものだが、しかたがない。

日本ではカモ、ブラジルはゾウアザラシ

Balneário Camboriú バルネアリオ・カンボリウは、Santa Catarina サンタ・カタリーナ州の有名な海水浴場だ。
バルネアリオは海水浴場という意味だ。
調べてみると、”Balneário Camboriú”市は、隣接するただの”Camboriú”市から1964年に独立した。
そこでのニュースだ。
Elefantemarinho1
この写真を見て、一見トドが住民にいじめられているのではないかと思った。
トドがぐったりしているような気がしたからだ。
そこのVascoのシャツを着ているおじさん、あんただよ、ブラジルの浦島太郎は亀でなく、トドをいじめるのかい?
Elefantemarinho2
記事を読んだら、写真を一見した印象が全く間違っていることがわかった。
まずこの動物はトドではない、ゾウアザラシ(elefante-marinho)であった。
ゾウアザラシはいじめられているのではなく、自分の意志で散歩というか、休憩のために陸に上がったそうだ。

時と場所は、2013年3月16日土曜日午後、バルネアリオ・カンボリウ市のAvenida Atlântica (座標は26°59’21.73″S 48°37’48.42″W)
市警察によると、上陸時刻は17時20分、ゾウアザラシはアトランチカ大通りの横断歩道を渡って、一番賑やかな地区に行った。
警察は道路を通行止めにした。

商店街でゾウアザラシが買い物をしたり、バーでビールを飲んだりするわけがない。
体が乾くと苦しむと思ったのだろうか、通行人が水をかけてやったりしたが、しばらくしてゾウアザラシは自分から海に戻ったという。
体長2から3メートル(きっかりの数字でないのは、体が伸び縮みするからだろうか)、重さ500キログラムと推定された。

(http://g1.globo.com/sc/santa-catarina/noticia/2013/03/aninal-marinho-atravessa-avenida-atlantica-em-balneario-camboriu.htmlを参考した)

ポルトガル語の動物の名前で「海の~」というのがよくあって、その違いがけっこうわかりにくい。
これを機に、いくつか整理しておこう。

elefante-marinho – 海のゾウ – ゾウアザラシ
leão-marinho – 海のライオン – アシカ
lobo-marinho – 海のオオカミ – オットセイ
cavalo-marinho – 海のウマ – タツノオトシゴ
estrela-do-mar – 海の星 – ヒトデ

ヒトデだけ語形が違うが、今のところ思いついたのはこれくらいだ。

アルゼンチン・ウルグアイ旅行に注意

親戚の者が観光旅行をした。
独身男が恋人と二人で行く、気楽な旅行だった。

日本では「海外旅行」英語にすると’overseas’だろうが、ブラジルは実に10ヶ国と陸続き(橋でつなぐことができるので、川を国境とするのを含む)国境を接する。
これはoverseasと言っていいのか?
英和辞典には「海外の、外国の」と書いてはある。
島国英国の言語だから、overseas=外国で良いのか?
イングランドがスコットランドやウェールズと分離している時代はどうだったのか?
ウルグアイやボリビアとブラジルの国境など、間に川すらない国境では、overseasはいささか大げさではないか。

ともかく、目的地はウルグアイだった。
スペイン語ではUruguayだが、ポルトガル語ではUruguaiだ。

ブラジル人の外国旅行先で、一番多いのはアルゼンチン、次はUSAと言われるが、ウルグアイというのはあまり聞かない。
試しに、サンパウロからブエノス・アイレスへGoogle Earthで陸上ルートをひかせると、ウルグアイを通過しない。
全長2,255kmになるのだが、その一部分になっていないのだ。
つまり、素通りすらしていない。

ウルグアイの観光地で最も有名なのは、Punta del Este(プンタ・デル・エステ 意味は東の岬)だろう。
Google Earthで計測すると、首都モンテビデオから東に向かって、直線距離110キロ、道路で移動すると138キロにある、海岸リゾートである。
モンテビデオから車で行くのに、てごろな距離といえよう。

彼が旅行から帰ってきて、ウルグアイにはブラジル人に対する偏見(discriminação)があると憤慨して言った。
とあるレストランに二人で入って、テーブルについたのだった。
テーブルには、店員に案内されてついたのか、景観の良い観光地によくある、屋外のテラスに並ぶテーブルに自分で空きを見つけたのか、そこは尋ねなかった。
どんな店に、どんな服装で入ったのかも聞かなかったので、詳しい状況はわからない。

合図をしてもウェイターが注文を聞きにこない。
20分待ってもウェイターは来ない。
頭に来て席を立ち、ほかの店に移ったという。

彼は、ポルトガル語でしゃべっていて、スペイン語を話さなかったからではないかと言った。
英語あるいはフランス語など、つまり南アメリカ外の観光客だったらどういう反応だっただろうか、気にはなる。
同行の彼女は、アルゼンチンにも行ったことがあるのだが、アルゼンチンではブラジル人差別はもっとひどいと言っていた。

アルゼンチンとウルグアイは、南アメリカ大陸の南方に位置する地理的要因、つまり寒いためなのか、近代のヨーロッパ、多くはスペインとイタリアからの移民が多い地域だ。
あまり先住民との混血が進んでいなく、人々も町並みも、一見ヨーロッパのコピーのような情景だ。
混血度については、ポルトガル人とスペイン人の性格の違いだけから説明はできない。
同じスペインを旧宗主国とする国で、パラグアイのように混血化の進んだ国もあるからだ。

「近代のヨーロッパからの移民」がキーワードだ。
明日の命も知らぬ荒くれ男だけが到達できた大航海時代と異なり、人々の行き来が自由になっているので、当然女性の移民も多いわけで、下卑た言い方をするなら、「現地であえて異民族の相手と結婚する必要性は少ない」からだろう。

ウルグアイ統計院による2011年調査では、 93.9%がヨーロッパ人を祖先に持ち(reported a predominant European ancestry)、4.9%が黒人・アフリカン(black or African)、1.1%がインディオ(indigenous)、そして0.1%がアジア・黄色人(Asian or Amarillo (“yellow”))だった。
前世紀初め、つまりヨーロッパが全盛を誇った時代のヨーロッパ人気質をアルゼンチンやウルグアイに持ち込んだ、混血の進んでいないヨーロッパ人が、それから長い停滞時代に入って、その血統と気質が脈々と維持あるいは強化されたのだったら、大勢の羽振り良いパッパラパーブラジル人をみて、こいつら成金馬鹿じゃないかと思うかもしれない。

ブラジルは広く知られているように、先住民や、奴隷として連れて来られたアフリカから連れて来られた黒人との混血が、相当容易に行われた。
動物愛護観点で物議を醸すことの多い、スペインやメキシコにある闘牛は、ポルトガルやブラジルにはない。
スペインはインカやアステカを抹殺する道を選んだ。
ポルトガル人が殺戮をしなかったわけはないのだが、なぜかポルトガル人は柔和にやってきたようだ。
そんなことからポルトガル人は、スペイン人より血気(けっき)少なく、融和を好むからと思うが、どうだろうか。
もっとも、現在ブラジルの犯罪の多さを見ると、「融和を好む」なんてのんきなことを言っている場合ではないという感じもあるのだが。

昔ブラジル国内旅行中、中国人のグループと同乗したが、3,4人だったから団体とはいえない数だったが、話し声がうるさかった。
昼間の航空便だったから、酒は大量には入っていなかったと思う。
熱に憑かれたように、延々と討論していたのだ。
その声量は、ブラジル人の比ではなかった。

ブラジルのバーやピッツァリアで、大衆的で繁盛している店に行くと、話し声がとにかくうるさい。
周りのテーブルの騒音や音楽にかき消されないように、さらに大声で、話好きな連中が次々に話し、笑いあうのだから、アルコールの効果も加わり、相乗的に音量は高くなる。
ブラジル人も中国人ほどではないだろうが、アルゼンチンやウルグアイの人からみたら、うるさく野蛮に映るのかもしれない。

日中・日韓のように騒がれてはいないが、Wikipediaによると、ブラジルとウルグアイの間には国境問題も存在する。
これがウルグアイ国民にどうとらえられているのかは想像できない。
あいにくウルグアイには行ったことはないし、知り合いにウルグアイ人はいない。
ましてや、フラジル人団体とウルグアイ人団体を並べて、どちらがうるさく傍若無人か比較する機会などないから、なんとも判断できない。

親戚の男には、「きっと入る店を間違えたか、不運なウェイターに当たったのだろうよ」と言っておいた。
バミューダパンツとHavaianasのゴム草履(chinelos)のブラジル人カップルが海水浴の後、気楽に席をみつけた海辺リゾートにある古ぼけたレストランは、もしかしたら創業100年を誇り毎夜地元の名士で賑わう店で、ドレスコードが合っていなかっただけかもしれないからだ。

神様はブラジル人でも教皇はアルゼンチン人

英語 Pope Francis
ポルトガル語 Papa Francisco

719年ぶりに自分の自由意志で生前退位した前ローマ教皇はBento XVI(ポルトガル語 ベント16世)、その前任はJoão Paulo II(ポルトガル語 ジョアン・パウロ2世)であった。
教皇の名前に~世がつかないと、日本語で座りが悪いような気がするのは私だけだろうか。

極めて安易なダジャレ、根比べ(こんくらべ)を生み出した原語は、Wikipediaポルトガル語をみると、最初にConclave (do latim cum clave, que significa com chave)とある。
つまり、ラテン語ではcum claveと書き、意味は「鍵を掛けて」というそうだ。
過去最長のコンクラーベは2年10か月を費やしたというが、今回は2日で終了した。
根が続かなかったようである。

でもそのために、四旬節入り直前、カーニバル最中の突然のベント(ベネディクト)16世の退位表明から、コンクラーベを経た新教皇選出までの過程が、四旬節に収まり、きたる3月31日の復活祭が新教皇のもと、新鮮な気分で迎えられることになったのはよかった。

カトリック信徒が大多数を占めるブラジルでの、バチカンのニュースは日本と全く比較にならぬほど大量に流される。
毎日コンクラーベの速報が流れ、ニュースのトップは枢機卿たちの動向が解説される。
「鍵を掛けて」外界と遮断した密室で枢機卿たちはどうやって次期教皇を決めるのだろうか。

ニュースで神父が解説してくれた。
「コンクラーベは精霊の導きによって成される」
なるほど、復活祭49日後の日曜日、2013年の場合は5月19日にあたる、ペンテコステ(Pentecostes) 聖霊降臨と同じような神の導きがあるというのだ。
教会の起源となったといわれるペンテコステが、教皇を選ぶたびに繰り返されるという説明はもっともだ。
しかし実際「鍵を掛けて」だから、これを確認するすべはなく、新しい教皇の言動に注目していくしかない。

イエスの最古の使徒ペドロ(ポルトガル語読み)の直系とされる最新の266代ローマ教皇の本名は、Jorge Mario Bergoglio、スペイン語ではホルヘ、ポルトガル語ではジョルジェ、ファミリーネームをみるとイタリア系のようで、ブエノス・アイレス大司教である。

最初の新世界(novo mundo)から、アメリカ大陸(Américas アメリカの複数形)から、ラテン・アメリカからの教皇選出である。
教皇自身は、新世界の、それも一番南端にある出身国アルゼンチンを指して、「世界の終端(fim do mundo)」からと言ったそうだ。
“It seems my brother cardinals went almost to the end of the world”と、http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-21777141には書いてある。

また、最初のイエズス会(jesuíta)出身の教皇でもある。
イエズス会というと、歴史を学ぶ中学生が絶対に覚えなければならない名前、フランシスコ・ザビエルが思いうかぶだろう。
Francisco Xavier、苗字はポルトガル語ではシャヴィエルと読むのだが、当時ナヴァラ王国、現在スペインのヴァスコ地方出身であった。
ポルトガル王の意を受けてインド、さらに日本まで宣教をしたので、後世日本の受験生に名前を覚えられることとなったのだ。

イエズス会が積極的な宣教を行ったのは、アジア方面だけではない。
南アメリカにも、開拓者と先を争うように進出して、グアラニー族の原住民にキリスト教を広めるため、時にはスペイン政府と対立しながらも理想郷をめざした。
現在のアルゼンチン・パラグアイ国境近辺には、イエズス会が作ったグアラニーミッションの廃墟が各地に見られる。
アルゼンチン・パラグアイ両国に、”Misiones”という名の州・県があるのが、その歴史を物語っている。
ミッション The Mission (1986)という映画もあった。

そういったわけで、新教皇のキーワードは、南アメリカと地理的、歴史的に重要な関係を持っているので、フットボールのライバル意識を横においといて、ブラジル人も歓迎しているようである。
もっとも、サンパウロ大司教(Arcebispo metropolitano)であるCardeal Dom Odilo Pedro Scherer 枢機卿が、俗界の下馬評で次期教皇の有力候補だったようだから、新教皇がブラジル人でなかったため、内心残念に思っているブラジル人も多いだろうことは、想像に難くない。
標題の「神様はブラジル人でも教皇はアルゼンチン人」というのは、楽天的で何事も自分に都合良いように考えがちなブラジル人が時々ふざけて言う、「実は神様はブラジル人なんだよ」という戯言から取った。

さて、教皇になると教皇名が決められる。
どうもこれは、教皇本人の洗礼名と全く関係ないようだ。
なぜなら、教皇に選出されてから決められる順番になっているからだ。

当初の報道では、Francisco I フランシスコ1世と言われていた。
最新の報道では、ただのFranciscoとされている。

どうしてフランシスコになったのだろうか。
フランシスコと言って有名な聖人には、フランシスコ・ザビエルのほかにもう一人大物、というか、こちらのほうがブラジルでは有名と思えるのだが、アシジのフランチェスコ(イタリア語読み Francesco d’Assisi)、ポルトガル語ではアシスのフランシスコ Francisco de Assisがある。
12世紀から13世紀に生きたイタリアの聖人である。

報道によると、新教皇の名前フランシスコは、このアシスのフランシスコからとられたと言っている。
この聖人の「謙虚で、質素で、貧しい人々にも平易な言葉で説教した」ところが、現在のカトリックのめざす方向に合致しているというのだ。
相手は人間だけでない。
フランツ・リストの曲に「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」というのがあるが、この人は動物と会話ができたというから、ドリトル先生(Doctor Dolittle)の元祖のような人で、現在は動物たちの守護聖人となっている。

ブラジルでコンフェデレーションズカップの熱も冷めぬ2013年7月23-28日に、リオデジャネイロでカトリック教会が計画しているのが、XXVIII Jornada Mundial da Juventude 第28回青年世界ツアーという行事だ。
この大会でブラジルカトリック教会は2百万人の参加者を集め、フランシスコ新教皇も参加することになっていていて、新教皇の最初の大きな外遊とされているので、その言動が注目を集めるだろう。