>アルゼンチンは凋落?それとも復活?

>日曜日はいつもフットボールの日であるのだが、昨日2011年6月26日はかなり特別な日だった。
クラブ創設以来110年間1部から落ちたことがなく、33回の優勝を誇るブエノスアイレスの名門リバープレートの2部落ちが決定したのだ。
怒り狂ったファンは試合終了前にピッチへなだれ込み、観客席を壊し、ブエノスアイレスの町で商店破壊などの狼藉を働いた。

このできごとは、リバープレート一チームのことに限らず、アルゼンチン全体に関わっていることのようだ。
リバープレートには、少し以前にはカンビアッソ(現ミラン・インテル)、マスチェラーノ(バルセロナ)、ゴンサロ・イグアイン(レアル・マドリ)とそうそうたるプレーヤーがいたのであるが、このクラブもアルゼンチンもフットボール選手の輸出超過の度が過ぎて枯渇しているというのだ。
選手の移籍で金銭的に潤っていると思われるのだが、有名クラブでも赤字、リーグのレベルも落ちているらしい。

Gerardo Molina y Asociados/Euromericas Sport Marketingというコンサルタントの調査では、過去10年間にアルゼンチンの選手のヨーロッパへの移籍は825%増加し、この期間にブラジルは1,374名を他国のクラブへ輸出したのに対し、アルゼンチンは2,204名だった。
アルゼンチンのワールドカップでの最近の優勝は1986年(マラドーナ大会)、コパ・アメリカは1993年以来優勝がない。

そしてファンが狼藉を尽くしたメモリアルスタジアムは、次の日曜日に開催する2011年コパ・アメリカの決勝戦が戦われることになっている。
現在最強の選手メッシを擁する地元アルゼンチンは最有力優勝候補とみられている。
(http://esportes.terra.com.brより)

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>2011年の冬は6月21日14時16分に始まる

>ブラジルには、赤道地方のように四季の区切りが実際上全く意味を持たない地方がある。
熱帯では、四季というより、乾季と雨季の二季としたほうが実際の気候と合致する。

しかし、ニュースでは四季の移り変わりを報道するが、その区切りが面白い。
春は春分に始まり夏至で終わる、夏は夏至に始まり秋分で終わる。
秋は秋分に始まり冬至で終わる、冬は冬至に始まり春分で終わる。
春分・夏至・秋分・冬至は、地球の傾きと太陽をめぐる公転軌道上の地球の位置で決まるわけだから、春分点は文字通り「点」であり瞬間である。
春分の日は、春分点の瞬間を含む日だ。
ブラジルでは「春分」とか「夏至」とかの言い方は聞かない。
「2011年の冬は6月21日午後2時16分に始まる」とテレビのニュースで言っていた。

2011年の夏至点時刻はブラジル南東標準時で6月21日14時16分、日本はブラジル南東標準時+12時間だから、6月22日未明2時16分となる。
月の朔望と同じ天体の自然現象であるから、地球の時間帯の差を超越して起きるので、時間帯が異なると時刻や日付は異なるわけである。

冬になって2日目の6月22日は、南からの寒波が弱まり、昼間はかなり暑くなった。
外を歩いたら結構汗が出た。
室内の温度計は25度を指す夏日だった。

>車内の小銭が消えるのはなぜ?

>サンパウロでは、レストランやバーには、必ずと言っていいほどマノブリスタ(manobrista)というサービスがある。
これは、客の乗ってきた自家用車を入り口で預かり、運転手が安全な駐車場まで代わりに運転して保管するという仕事、そしてその仕事をするドライバーのことを指す。
サンパウロのこのサービスの相場は平均10レアルである。

取材記者は車に次のような仕掛けをした。
クマのぬいぐるみ、箱に入ったチョコレートボンボン、ボールペン、口のあいたビニール小袋に入った小銭20レアル分、色々なものを入れた布製バッグ、それから隠しカメラだ。

10ヶ所へ持っていき、マノブリスタの行動を撮影した結果は、情けないことに、8ヶ所で何らかのものが盗まれていた。
一番人気は小銭で、さすがに袋ごと全部持っていく者はいなかったが、中には行きと帰りで2回くすねた者もいた。
次の人気はチョコレートで、その場でさっそく食べ、ごまかすために箱の位置を変えていた。
車を預けた時から箱の場所が変わっていたらかえってバレてしまうと思うのだが。
マノブリスタの仕事を仲間?に下請けに出す者もいて、鍵を受け取って下請けした男は、小銭をくすねてからトランクまで調べ、結局小銭以外は盗らなかった。

以上は先週6月16日のTVニュースから

盗む-自分のものでないものを不当に自分のものにするということに対する自制が足りない、酷いなーブラジルの民度は、と落胆する前に少し考察してみた。

ブラジルだけでなくどこでも旅行する場合に、ホテルの部屋に貴重品を置かずにセーフティボックスやフロントに預けるのが海外旅行者の注意となっている。
睡眠のために一部屋を借りるホテルは、確かに夜の時間はプライベートなスペースだ。
宿泊者が在室の場合、誰も勝手には入れない。
しかし、日中宿泊者が外出している場合、清掃やベッドメイクなどのために、ホテルの従業員は鍵で開けて客室に入り一人で仕事をする。
客室は公共のスペースと同じセキュリティレベルに下がる。
誰の目にも触れるところに置いたお金が消えても、誰も責任を取らないと、しっかり断り書きがしてある。

自分の愛車であっても、その鍵を他人の手に委ねたら、そこはもう公共のスペースとなる。
いつもの教訓が生きる-シートの上など眼に見えるところに決して物を置くな、泥棒や強盗を引き寄せる-これはマノブリスタに自分の車を預けるときにも当てはまる。

>恋人の日(Dia dos Namorados)はいつどうして生まれたか

>今年2011年のDia dos Namorados(恋人の日)は、6月12日の日曜日であったのだが、こんな記事があった。

「ジョアン・ドリアは、クリスマスだけは考案しなかった」
ブラジル国民文化事典(Brasil Almanaque de Cultura Popular)の、Bruno Hoffmannによる記事

1949年のこと、サンパウロのデパート経営者がJoão Dóriaを訪ねた。
依頼は、年内でも販売が落ちる月の一つ、6月の販売を促す方法をひねり出すことだ。

ヨーロッパや北米の恋人たちがプレゼントを交換しあう2月14日のバレンタインデー(Dia de São Valentim)をヒントにして、考え出したのが恋人の日(Dia dos Namorados)であった。
縁結びの聖人アントニオの日の前日であることから、6月12日という日が選ばれた。
そして1949年6月12日がブラジルの第一回恋人の日となったのだ。

デパートには「キスだけが愛の証明ではない」と書かれた大きな宣伝幕が掲げられたのだが、あまり注目を集めなかった。
根付くまでにさらに十年かかった。
しかし成功だった。
今日では年で3番目に商店が賑わう行事となった。クリスマスと母の日には及ばない-母の日もこの人の考案したものだ。

以上は原文からの訳であるが、最後の母の日についての記述は間違っていないだろうか。
母の日が5月の第2日曜日であるのは、ブラジルも日本も米国と同じであるが、この日の発祥は、母を亡くして落ち込んでいた米国のAnna Jarvisという少女をはげますために、友人たちが催したパーティーであり、1914年に時の米国Wilson大統領が公式に記念日とした、となっているからだ。