三才児よ、君はどの音を聞く

2014年9月の一ヶ月間は、第二の開局をめざすクラシック音楽のインターネットラジオ局
OTTAVA(オッターヴァ)
の試験放送が、日本標準時の午後7時から9時、ブラジリア標準時では午前7時から9時と、ちょうど12時間遅れの時差で聞くことができる。

最初の週は新しい機材でおっかなびっくりだったのであろう。
パソコンのボリュームスライダーを最大にあげても、貧弱な内蔵スピーカでは耳を近づけてようやく聞こえるような音量なので、庭で犬が吠えたり、斜め上空にある着陸航路を降下中の飛行機が通過したりすると、もうなんだかわからなくなる。

ヘッドフォンはワイヤードなので、じっくり聞こうと思ったらパソコンから離れられない、これぞ聞きたいタイミングで悪運と遭遇すると、便意と格闘という情けない状態になったりする。
Bluetoothのヘッドフォンやスピーカーなど購入する手もあるのだが、即効薬はない。

第二週になるとたゆまぬシステムの改良、機材の調整も進んだのだろう。
音圧がほかのインターネットラジオ局とだいたい同じくらいになったので、チャンネルを換えるときにあわててボリュームスライダーをいじることが少なくなった。

そういった送出音圧と音質の調整場面において、プレゼンター/ディレクターである斎藤茂氏がある日、
「今日は聞こえるでしょうか、専門的なことですが、コンプレスをかけました」
コンプレスだったかコンプレッションだったかよく思い出せないが、まあどっちでも良い。
要するに送出出力において、最大音圧と最小音圧の差を小さくなるように圧縮しているのだ。
やはり様々に異なる条件のもとで聴取しているすべてのリスナーの、可聴条件の最大公約数をとるとなると、録音された音源に何らかの加工を施さなければならないのだろう。

ダイナミック・レンジ、つまりピアニシモとフォルテシモの差が大きいクラシック音楽では、聞き方や聞く場所を選ぶものである。

私の頭で想像できる理想的環境は、犬が吠えたり飛行機が通過したりの雑音から遮音され、静音の空調装置が温度湿度を完全に制御したオーディオ専門ルームで、オーディオシステムを前にして、ロッキング・チェアとかソファでくつろぎながら聞くことであるが、かなりの人に同調してもらえるだろう。
これにはまあ人によっては、立ち上がらなくても手の届くところにビール満載の冷蔵庫や、その日の気分で選べるだけのコレクションの揃ったワインセラーや、ウィスキーボトル数本がのっかったワゴンとかが絶対欠かせないと言うかもしれない。
こんな理想的オーディオルームなら、何の手も加えずにダイナミックレンジ最大にしたままの音源でも聞こえなかったりビリビリ割れたりすることなく、快適に聞こえることだろう。

しかしこの理想的環境は、サイフの体力不足の人や、移動中にスマホなどで聴取している人に不可能であるだけでなく、全然肉体に負荷を与えずメタボ養成に最適の条件であるうえに、環境維持のためにかなり電気エネルギーを使うので、ヘルスとかエコとかロハスとかを信条にしている人には耐えられないかもしれない。

いつも疑問に思いながら誰に質問してよいかわからないことがある。
といってもインターネットの知恵袋にようなところへ投げるほどのものでもない。

昔くだんのOttavaで、正式名は忘れたが、「ペットと聞くクラシック」というのがあった。
犬猫だけでなく、インコでもニワトリでもハムスターでもイグアナでもなんでも良いのだが、ペットが喜ぶクラシックは何かという、正解を教えてよとペットに質問しても決して答えの帰ってこない難問であった。

「子犬のワルツ」や「ワルツを踊る猫」を聞かせると、この永遠の三歳児どもが「あー僕たちの曲をかけてくれた」と言って喜ぶわけではない。
犬や猫は確か高音成分の多いモーツアルトの曲によく反応する、と言われていた。
よく反応すると言っても、喜んでいるのか怒っているのか傍目にわかるものだろうか、まあ飼い主にはちゃんとわかっているのだろう。

動物の感覚は人のものとは異なる。
当然だ。
犬は通りの車のエンジン音を聞いて、誰が来たかわかって好きな人だと喜ぶ。
腕の良いメカニックもエンジン音を聞いてその好不調を判断できるとは思うが。

うるさい若者避けに、モスキート音という高音域を使うという話を聞いたことがある。
老人と若者の可聴周波数域は異なるということだ。
イヌの可聴周波数はヒトのものより高いという。
そうすると、2万ヘルツより高い、ヒトに聞こえない音、私たちが超音波と呼ぶ領域を聞いているはずだ。

録音再生技術がいくら優れていても、ヒトに全く聞こえない周波数まで録音媒体にすべて記録することなどありえない。
逆に、デジタルオーディオ技術は、そんな普通の人には聞こえないため無駄な音声情報を削除することによって、ファイル容量を小さくしている。
そうすると、盲導犬以外そんな機会はないと思うが、犬をオーケストラの前に連れて行って聞かせる音、アナログレコードを聞かせる音、デジタルCDを聞かせる音、犬にとっては全然別な音に聞こえているのではないか。

だからいつもインターネットラジオの音声をヒト以外の動物に聞かせて、どんな反応をするか観察しようとしても、彼らにとって大好きな、あるいは大嫌いな周波数帯の音がバッサリ切られている可能性はある。
犬猫をコンサートホールへ無理やり連れて行って、周波数カット無しの生音オーケストラやソプラノの肉声を聞かせたらどんなに喜ぶか、あるいは怒ったり怯えたりするか想像だにできない。

牛舎でクラシック音楽、それもモーツァルトをかけると乳牛の乳の出が良くなると言われている。
これも高音域の影響だろうか。
CD音源をスピーカーで流すのではなく、オーケストラは人数が多すぎるからカルテットのような室内楽団に牛舎で生演奏してもらったらどうなるだろうか。
高音域に集中するなら、バイオリニスト一人に来てもらっても良いかもしれない。
牛乳生産が劇的に増加してミュージシャンのギャラを支払ってなおまだお釣りが来る、なんて想像するが、さすがにこれはないだろう。

私も犬猫並みの広い可聴周波数域を持っている、サイフ容量も大きい、だからどんな環境でも聞きやすいように加工された音源でなく、できるだけオリジナル音源に近いものがほしい、という向きには、Ottavaで近い将来利用可能となる有料高音質チャンネルに期待したいものである。

複数の聴取環境、例えば家では上に書いたようなオーディオルーム、職場では役員室デスクの小型スピーカー、通勤は光岡ビュートのOttava特別仕様カーオーディオシステム、出張時にはiPhoneにノイズキャンセルヘッドフォンといったようなケースがあるだろう。
もちろん私の勝手な想像だ。

高音質チャンネルには専用イコライザーをつけて各環境で最適の設定をしてセーブして、各環境で好みの設定を使えるようになる、となったら便利でマニア心をくすぐりそうだが、技術的にかなり複雑になりそうな気がする。

そこまで音質を極めない人は、相対的低ビットレートの無料チャンネルならば、ペットと一緒に聞いていても、この気まぐれな永遠の三歳児どもが急に暴れだして困ることはあるまい。

2017年2月25日追加

その後
OTTAVA(オッターヴァ)
の高音質化は、勝手な予想と少しだけ違う方向へ進んだ。

当初高音質化として供用したニコニコ動画は、運用の仕組みのため、聴取者の多いときには帯域に合わせる調整が行われて、音質の低下が起きるらしい。
双方向性コミュニケーションとオンデマンドに存在意義を見いだす。

一方で、PrimeSeatとの同時放送では、最高でDSD 5.6MHz、別の表記をするとDSD128、つまりCDの128倍の精度で、無料で聴取することが可能になっている。

残念ながら当方の環境では、PrimeSeatが推薦する環境パラメータの、安定通信速度12Mbpsがネックになっていて、デジタル・アナログコンバーターがあったとしても、本来送出されるハイレゾリューションを楽しむことができない。

ハイレゾ音源をハイレゾ対応オーディオで、生楽器と同じ音量で再生して、ペットに聞かせたときの反応を知りたいものである。

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