ガブリエルの心はマコンドで永遠に漂う

昨日2014年4月17日は聖木曜日、イエスと弟子の最後の晩餐の夜だったが、ブラジルの夜のニュースのトップは、ガブリエル・ガルシア・マルケス(Gabriel García Márquez)死去の報であった。

彼の作品で一番読まれたのは、ニュースで言ったように、「百年の孤独(1967)」だろう。
5千万部の超ミリオンセラーだという。
原題はCien Años de Soledad、ブラジルではポルトガル語訳でCem Anos de Solidãoとして出ている。
シエン・アニョス・デ・ソレダというスペイン語の響きは、心ひかれる物語の始まりを予見させる。

百年の孤独は図書館で借りて読んだので、家に本はない。
でも、空想上の土地マコンドのアウレリアノ・ブエンディア大佐という名前は忘れそうにない。

作者本人はインタビューで、「『百年の孤独』はミスティックだがそれだけのものだ、本当に評価されるべきは『コレラの時代の愛』が人間の愛をうたった作品だ」というようなことを述べている。
「コレラの時代の愛(1985)」を書いたころが、彼自身が一番幸せな人生を送っていたと回想している。

「族長の秋」は自分で買った本だが、人に貸して以来戻ってこない。
スペイン語のEl Otoño del Patriarcaは残っている。
原語では難しくて、隣に日本語訳があればそちらを読んでしまうのは仕方ない。

薄く手ごろなスペイン語の短篇集が二つある。
El coronel no tiene quien le escriba 大佐に手紙は来ない
Los Funerales de la Mamá Grande ママ・グランデの葬儀
うちには日本語訳はないし、構造が単純な短編だし、この2冊はなんとか原語で読んだ。

ガルシア・マルケスはコロンビア人であるが、ベネズエラ、キューバ、メキシコなどに移り住んでいる。
この時代のラテン・アメリカの作家(実際は作家だけでないし、この時代に限ったことでもないが)は、自分の生まれた国を身軽に飛び出して、近くや遠くの国に移り、住む国を何回もかえたり、数十年後に祖国へ帰ったりしている。

ラテン・アメリカの国々の不安な政情や政治的迫害のためだったかもしれない、ブラジルは少し異なるが、隣の国も同じ言葉を話しているという移住に有利な言語条件もあるだろう。
ラテン・アメリカに限らず新大陸には、元々国境などなかったし、現在でも国境地帯は陸続きとか密林の奥とか曖昧なところが多い。

しかし、ブラジルでこんなにガルシア・マルケスの人望が高いのは想像以上だった。
記事によるとコロンビア人で初めての、ラテン・アメリカで4人目の、ノーベル文学賞受賞(1982)者である。
言語は多少異なるが、もちろんブラジルもラテン・アメリカの一員であるし、ラテン・アメリカ文学を誇るのは当然か。
ラテン・アメリカ文学=魔術的リアリズム、ポルトガル語ではrealismo fantásticoと一言で片付けがちであるが、日本人から見たラテン・アメリカの「一体どうしてこうなってしまうの?という意味因果不明・摩訶不思議なわけのわからなさ」を共有している風土である。

後年ガルシア・マルケスは認知症を患っていたと記事にある。
彼の心はきっと彼の精神が一人で築き上げたマコンドの地を一人で気ままに遊歩していることだろう。

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